現在の「AI×監査」の課題と未来予測

生成AIや大規模言語モデル(LLM)は、いまや監査の世界でも「そろそろ本気で向き合わないといけないテーマ」になってきました。
海外では、ChatGPT などを実際に使ってみた事例や、監査業務への影響を整理した解説が次々と出てきています。
一方で、現場の声としては、
・結局、監査では何ができるのか?
・リスクや倫理面は大丈夫なのか?
・うちの会社/監査法人は、何から始めればいいのか?
といった疑問も多く聞かれます。
そこで本記事では、ここ数年の海外の動きや事例をベースに、
・「監査×AI」のいまの立ち位置
・いま議論されている4つの課題
・そこから見える3つの未来シナリオ
・監査法人・事業会社が「今からできること」
をコンパクトに整理します。
1.「監査×AI」の現在地
1-1.ChatGPT/LLM活用の3つの流れ
会計・監査の世界での LLM 活用をざっくり眺めると、いまのところ次の3つの方向に分けられます。
① 実務への応用パターン
監査、財務報告、税務、資産運用などで、
・自動要約(長い文書を短くまとめる)
・文章生成(脚注やレポートのたたき台作り)
・テキスト分類・スコアリング(リスクが高そうな文章・取引を抽出)
といった使い方を試しているケースです。
② 「仕事道具」としての活用
会計士や研究者が、
・論文や資料の要約
・プログラムコードの生成
・アンケートやインタビュー結果の分類
など、「自分の作業を早く・楽にする道具」として使うパターンです。
③ プロフェッション・組織への影響整理
・会計士・監査人の仕事の中身がどう変わるのか
・必要なスキルはどう変わるのか
・倫理やガバナンスをどう見直すか
といった「働き方・組織」の話題も増えています。
監査に限って言えば、現時点では、
・「こんな使い方ができそうだ」という提案ベース
・小規模な実験やケーススタディ
が中心で、「大規模に導入して効果を数字で示した例」はまだ多くありません。
言い換えると、
アイデアや小さなトライはたくさん出てきたが、
本格導入の“決定打”はこれから
というのが、いまの「監査×AI」の姿です。
1-2.LLMは監査をどう変えそうか(期待されていること)
それでも、「ここは相性が良さそう」という領域はかなりはっきりしてきました。代表的なものは次のとおりです。
・リスクアセスメントの下書き
勘定科目ごとの典型的なリスク要因や、不正パターンの例を LLM に考えさせ、
それをたたき台として監査チームが肉付けする使い方です。
・過去調書・基準書の「要点抜き出し」
ISA/JSA や事務所マニュアル、過年度の調書などから、
特定の論点に関係する要点だけをピックアップさせる使い方です。
・教育・研修への活用
監査ケースを対話形式で学べる「AI チューター」として使ったり、
若手スタッフが AI に質問しながら調書作成を練習する、といった使い方です。
実際、海外の会計事務所のヒアリングでは、
・質問応答や文章のたたき台作りはかなり楽になる
・ただし、導入コストや社内ルール、スキルギャップが大きな壁になっている
という声が多く聞かれます。
まとめると、
「監査の一部プロセスを速く・賢くするポテンシャルは高い」
ただし、
「本番監査でフル活用している例はまだ少ない」
というのが現在地です。
2.いま議論されている「4つの課題」
ここからは、実際に使ってみた事例やフィールドでの声をもとに、
AI×監査でよく挙げられる課題を4つに整理してみます。
2-1.ツールの限界と「外部サービスの壁」
まずは、ツールそのものの限界と、外部サービス利用の制約です。
実際に ChatGPT に監査シナリオを解かせてみたケースでは、次のような傾向が見られます。
<得意なこと>
・文章が自然で読みやすい
・論点の整理や「骨子づくり」はうまい
・ルーチンな説明文や簡易な調書ドラフトには向いている
<苦手なこと>
・監査特有の事情を踏まえた「網羅的で具体的な」リスク評価
・最新の基準や国ごとの規制の細かい違い
・事案ごとの文脈に応じた微妙な判断
・もっともらしい誤情報(ハルシネーション)を出してしまう点
さらに、外部のクラウドサービスには、
・クライアントの機密データをそのまま投げられない
・本当は「全件仕訳分析」などで力を発揮しそうだが、そのままでは使えない
といった構造的な制約があります。
そのため現時点では、
調書を書いたり整理したりする“文章アシスタント”としては優秀だが、
監査証拠を評価して結論を出す“メインエンジン”として使うのはまだ難しい
という位置づけになります。
2-2.倫理・バイアス・独立性の問題
2つ目は、倫理やバイアス、独立性の問題です。主な論点は次のとおりです。
・独立性
特定ベンダーの AI に強く依存すると、そのベンダーとの利害関係が
独立性の観点から問題視される可能性があります。
・機密保持
クライアントデータをクラウド型の LLM に渡す際、
情報漏えいやプライバシーのリスクをどう管理するかが問われます。
・説明責任
「なぜこの結論になったのか?」を誰が、どこまで説明できるのか。
ブラックボックスなまま使うと、監査人の責任があいまいになりかねません。
・知的財産権
AI がどんなデータを学習しているのか、生成されたテキストの権利はどうなるのか。
こうした点も、今後ますます重要になります。
最近では、
「AI倫理は IT 部門だけのテーマではなく、
監査人にとっての必須スキルになりつつある」
というメッセージが強く打ち出されています。
2-3.監査人の役割・スキルセットの再定義
3つ目は、人の仕事の中身(役割)とスキルの変化です。
多くの専門家が共通して指摘しているのは、
・言語処理・文書作成 → AI が得意
・判断・解釈・コミュニケーション → 人が得意
という役割分担です。
監査フローに落とし込むと、例えば次のようになります。
<AI が担う部分>
・全件データ分析(異常値やパターンの検出)
・契約書・議事録などの要約
・過去事例や類似ケースの検索
・調書・メール・メモのドラフト作成
<人が担う部分>
・どのシグナルに注目すべきかの優先順位づけ
・経営者や現場へのヒアリング、質疑
・企業文化・統制環境・「空気感」の評価
・最終的な監査判断と説明責任
つまり、これまでの
「Excel と会計知識があれば何とかなる」
という世界から、
「データ」「AI」「会計」「倫理」をまとめて扱える力
が求められる世界へ、じわじわと移行していくイメージです。
2-4.規制・基準・ガバナンスの遅れ
4つ目は、規制や基準、ガバナンス整備のスピードが追いついていない点です。
・従来の監査基準は、
CAATs(コンピュータ利用監査技法)やデータ分析、IT統制までは想定していますが、
LLM や生成AIを前提にした細かなルールは、まだこれからの部分が多い状況です。
・その結果として現場では、
「AIの出力をどこまで監査証拠として扱ってよいか」
「ツールやモデルをどのレベルまで検証すべきか」
が、事務所ごと・パートナーごとにバラついているのが実情です。
今後、標準設定機関や規制当局、各監査法人内で、
AI 前提のガバナンスをどこまで整えられるかが、大きなテーマになっていきます。
3.「監査×AI」の3つの未来シナリオ
ここまでの内容を踏まえると、AI×監査の将来像は、大きく次の3つのシナリオに整理できます。
3-1.Co-pilot 型(人間×AI 協働)監査の定着
1つ目は、「AIが副操縦士(Co-pilot)になる」シナリオです。
・AI(レーダー役)
大量データから異常値やパターンを検出し、
関連資料や過去事例を素早く検索・要約する。
・人間(機長役)
AIが示したシグナルの意味づけを行い、
経営者・ガバナンス層への質問を設計し、
最終的な意見形成と説明責任を担う。
実際の導入プロジェクトでも、
いきなり「完全自動化」を目指すのではなく、
人とAIの“役割分担”をどう設計するか
を探りながら前に進めている例が多く見られます。
3-2.AI前提のガバナンス・基準への書き換え
2つ目は、「AIそのものが監査対象になる」シナリオです。
・企業が利用する AI システムそのものを監査する
・AI モデルの設計・運用プロセスをチェックする
といった「AI の監査」と、
・監査人自身が AI を使うときの社内ルール
・AI出力を監査証拠として扱う際の基準
といった「AI を使う監査」の両方が求められます。
そのためには、
・AI出力の取り扱い(監査証拠としての位置づけ)
・モデルリスク管理(バイアス・安定性など)
・ログやトレーサビリティの要件
について、今後さらに具体的なガイドラインが必要になっていきます。
3-3.教育・人材ポートフォリオの再設計
3つ目は、教育や人材育成の見直しです。
これからの会計・監査の専門家に求められるのは、
・技術スキル(データ分析・AIの基本メカニズム)
・ビジネス理解・会計専門知識
・倫理・ガバナンスへの感度
を組み合わせた、いわば
「AIを当たり前に使いこなす力」+「職業倫理」
です。
単なる「AIリテラシー(用語を知っている)」ではなく、
・自分の業務のどこにAIを組み込むかを設計できる
・AIの出力を鵜呑みにせず、自分でチェック・判断できる
・倫理的に問題がありそうな使い方を、現場で止められる
といった力が重要になっていきます。
4.監査法人・事業会社が「今からできること」
ここまでのお話を、実務でのアクションに落とし込むと、
次の3つから始めるのが現実的です。
4-1.「何にAIを使うか」をあえて限定する
一気にすべてを AI 化しようとせず、
「うまくいきやすい領域」から限定的に始めるのがポイントです。
<始めやすい領域の例>
・文書要約(基準書・会計方針・議事録など)
・調書・レポートのドラフト(文言のたたき台)
・チェックリスト回答案の生成
・過去調書や公開情報からの類似事例検索
<慎重に扱うべき領域の例>
・監査意見そのものの自動生成
・重要なリスク評価の丸投げ
・AIの結論を十分に説明できないまま利用するケース
まずは社内で、
・AIに任せてもよい作業
・必ず人がレビュー・最終判断を行う作業
を明確に線引きすることが重要です。
4-2.データ品質とログ設計を先に整える
AI の世界でも原則はシンプルです。
Garbage in, garbage out(ゴミを入れればゴミが出る)
AIを入れる前に、次のような土台づくりが有効です。
・仕訳データやマスタ情報の整備
・システム移行時の履歴・例外処理ルールの文書化
・AI利用時の
― プロンプト(指示内容)
― 出力結果
― 人間の判断(採用/修正/不採用の理由)
を記録するログルールの設計
「とりあえずAIを入れる」よりも、
「とりあえずデータとログを整える」方が、
中長期的には大きな投資対効果を生みます。
4-3.教育・研修に「AI+倫理」を組み込む
最後に、人の側の準備です。
現場スタッフが AI とどう付き合うかは、監査品質に直結します。例えば:
・ハンズオン形式の研修
実際に AI を使って調書を書いてみる
AI出力の誤りを探すワークショップを行う
・倫理・コンプライアンス研修への組み込み
機密情報の扱い方
バイアスや差別リスクの理解
AIの出力をどうチェックするか
「AIは危ないから触るな」ではなく、
「触り方」と「止めどころ」を学ぶ
研修が重要になっていきます。
5.まとめ:AIは「監査人を置き換える技術」ではない
ここ数年の海外での動きを俯瞰すると、「監査×AI」については次のような全体像が見えてきます。
・LLM は、監査の一部プロセスを大幅に効率化しうる
― 文書作成・要約・情報検索・パターン検出などで特に効果が期待される。
・しかし、
― 外部サービス利用の制約
― 精度やハルシネーションの問題
から、監査証拠の中心に据えるにはまだ早い。
・倫理・バイアス・独立性・ガバナンスの課題はむしろ増えており、
AI倫理は監査人の中核スキルになりつつある。
・人間の役割は、「作業」から「解釈・判断・説明」へシフトしていく。
結局のところ、
「AI × 人間」の組み合わせを、どうデザインするか
が、これからの10年の監査品質と生産性を左右すると言えます。
「AIが監査人を置き換えるか?」ではなく、
「AIを前提に、監査人の価値をどう再設計するか?」
この問いに向き合うことが、
いま監査法人・事業会社に求められている一歩だと考えています。
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作成日:2025年 11月 19日
最新更新日:2025年 11月 19日

