AI技術の監査現場導入事例とその効果

「AI×監査」の話は、どうしても

  • 抽象的な概念や将来予測
  • 危機感やポジショントーク

に寄りがちです。

しかしここ数年は、それだけではなく、

  • ChatGPT に資格試験やケース問題を解かせてみた結果
  • 大企業の内部監査で、実際に生成AIを使ってみた事例
  • 新興国の会計実務で、AI をどう受け止めているか

といった、現場寄りの具体的な検証やレポートが増えてきました。

ここでは、代表的な例を取り上げながら、

  • ChatGPT の「実力テスト」(資格試験・ケース問題)
  • 大企業内部監査での導入事例(Uniper社)
  • 新興国でのAI受容(ヨルダンの会計実務)

を整理し、AI導入のメリットと落とし穴をわかりやすくまとめます。


1. ChatGPTの「実力テスト」:資格試験・ケース問題でどこまで戦えるか

1-1. Eulerich ら:資格試験にAIを受験させてみたら…

Eulerich ら(2024)は、
「会計・監査の業界で、本当に ChatGPT は使いものになるのか?」を確かめるために、

  • CPA(米国公認会計士)
  • CMA(管理会計士)
  • CIA(内部監査人)
  • EA(米国税務代理人)

といった主要資格の試験問題を ChatGPT に解かせています。

結果はざっくりいうと次の通りです。

ChatGPT-3.5 単体の場合

  • 平均正答率:約 53.1%
  • どの試験も「合格ラインには届かない」

GPT-4 に、工夫を加えた場合

  • モデルを GPT-4 に切り替え
  • プロンプトの設計を工夫
  • 似たような例題をあらかじめ複数見せる(いわゆる few-shot)
  • 計算は外部ツールを使わせる

といった「チューニング」を行うと、
平均 85.1% 程度までスコアが上がり、すべての試験で合格ラインをクリアできるレベルに到達したと報告されています。

ポイントは、

「素の ChatGPT-3.5 は、そこまで賢くはない。
しかし、モデル選択+プロンプト設計+ツール連携を工夫すると、一気にプロレベルに近づく」

ということを、数字で示した点です。

🔍 実務への示唆

  • ○ 基礎知識や理論の整理は、すでに“かなりできる”レベル → 会計基準の要点整理や、論点の構造化には十分使える。
  • △ ただし「どう使うか」を設計しないと性能が出ない → 単に「ChatGPT に聞いてみる」のではなく、
    プロセス全体を AI 前提で組み立てる設計力が重要になる。

1-2. Henry ら:実務に近いケース問題ではどうか?

一方で Henry ら(2025)は、
Deloitte の「Trueblood Case Study」という実務寄りの会計ケース集を使って、GPT-4 を試しています。

ここでやっているのは、

  • 実際の現場に近いストーリー型のケースを選び
  • ChatGPT-4 に対し
    • 設問に答えさせる
    • 関連する会計基準の条文を根拠として示させる
  • さらに同じ質問を3回繰り返し、答えがブレないか(一貫性)もチェック

というものです。

結果としては、

  • 回答の「筋」はそれなりに通っている
  • ただし、正答率・根拠の妥当性・回答の安定性は、プロの期待レベルには届いていない

特に、

  • 基準の細かい条文の当てはめ
  • ケースごとの「微妙なニュアンス」の読み取り

が必要な場面で弱さが目立つ、という内容になっています。

🔍 実務への示唆

  • ○ 実務寄りのケースでも、それなりに答案は書いてくる → 研修・教育で使う「模範解答のたたき台」としては有望。
  • × ただし、そのまま社内レビューなしで使うのは危険 → 高度な会計判断や重要な結論を丸ごと任せるのは、まだリスクが高い

2. 実際の内部監査現場での導入事例:Uniper社のケース

2-1. Emett ら:多国籍エネルギー企業の内部監査に生成AIを導入

Emett ら(2025)は、
ドイツに拠点を置く大手エネルギー企業 Uniper 社の内部監査部門で ChatGPT を導入した事例を詳しく紹介しています。

Uniper の内部監査では、主に次のようなプロセスで生成AIを活用しました。

監査準備(Planning)

  • 企業情報・プロセス文書・過去の監査調書を要約させる
  • 想定されるリスク要因の候補リストを出してもらう

フィールドワーク

  • インタビュー内容を要約し、メモを整える
  • テスト手続きの草案を作らせる

報告書作成

  • 所見・勧告のドラフトを作成
  • 報告書の文章のたたき台を生成

この取り組みの結果、内部監査人の評価としては、

  • 一部プロセスで 50〜80% 程度の時間短縮 が見込めた
  • ChatGPT は、対象領域における関連リスクの約80%を拾えている、という評価が示されています。

2-2. 効率化だけでなく「仕事の中身」が変わる

Emett らが強調しているのは、
単なる時間短縮以上に、

「監査人が“考える仕事”に使える時間が増えた」

という点です。

導入前:

  • 文書整理やドラフト作成に多くの時間を消費
  • リスクの深掘りや経営陣との対話に割ける時間が限られていた

導入後:

  • AI が「叩き台」を作る
  • 人間はそれを批判的にレビューする役割へシフト
  • 浮いた時間を、経営陣との対話や、リスクの深堀りに回せるようになった

つまり、

「作業をこなす監査」から、「考える監査」へのシフトを後押しするツール

として機能し始めている、ということです。


2-3. 課題:ハルシネーション・データ保護・過信リスク

もちろん、課題もはっきり挙がっています。

ハルシネーション(もっともらしい誤情報)

  • 実在しない規程や手順を、
    あたかも存在するかのように書いてしまうことがある

データ保護

  • クライアントや社内の機密情報を、
    そのままクラウド型 LLM に入れられない問題
    → オンプレミスや閉域環境での利用検討が必要

過信・自動化バイアス

  • 監査人が AI 出力を前提に考え始めると、
    「自分でゼロから疑う」時間が減るリスクがある
  • 別の実験では、AIが作った監査証拠の方が、
    手作業の証拠よりも“疑いが浅くなりがち”という結果も出ており、
    職業的懐疑心が弱まる可能性が指摘されています。

ここから見えてくるのは、

AI+人間の役割分担の設計を間違えると、むしろ監査品質が下がりかねない

という点です。


3. 新興国におけるAI受容:ヨルダンの会計実務のケース

Toumeh(2024)は、
ヨルダンの会計・財務専門家(会計士、アナリスト、内部監査人、税務コンサルタントなど 13名)にインタビューを行い、
さらに財務報告書の内容も分析しています。

3-1. 期待されているユースケース

インタビューからは、次のような LLM 活用イメージが多く挙がりました。

  • 財務報告のドラフトや開示文言の生成
  • 分析レポートの要約・翻訳
  • 会計基準・税法の解説(特に英語文献の理解支援)
  • 内部監査・コンプライアンス文書のテンプレ作り

背景にあるのは、

  • 人手不足
  • 英語資料のハードル
  • ルーチン作業の多さ

などで、LLM に対する期待値はかなり高いとまとめられています。


3-2. 導入の障壁:インフラ・文化・規制

一方で、導入にあたっては次のような障壁も挙がっています。

インフラ

  • 安定したネットワークやクラウド環境が十分ではない
  • セキュリティ要件を満たす環境構築のコストが高い

文化・組織

  • 経営層が慎重で、「よく分からない技術」に対する不信感がある
  • 若手とベテランで受け止め方に大きな差がある

規制

  • データ保護法制や、監査・税務での具体的なガイドラインが整っていない
  • 「どこまで AI に任せて良いのか」判断しづらい

つまり、

技術的には使えそうでも、制度・組織・文化が追いついていない

という構図が、新興国でもはっきり見えてきています。


4. ここまでから見える「メリット」と「落とし穴」

ここまでの例をまとめると、AI導入のメリットとリスクは、だいたい次のように整理できます。

4-1. メリット:効率化+知識の「底上げ」

メリット側のポイント

  • 資格試験レベルでは、工夫次第で合格ライン超えの実力(Eulerich ら)
  • 実務寄りのケースでも、短時間でそれなりに筋の通った草案を出せる(Henry ら)
  • 内部監査では、一部プロセスで 50〜80% の時間短縮が見込め、
    リスク洗い出しもかなりのカバー率を確保(Emett ら)
  • 新興国では、英語資料の理解や文書作成のハードルを下げるツールとして期待(Toumeh)

一言でいうと、

「知識レベルの底上げ」と「ルーチン作業の大幅効率化」 は、すでに現実味がある。


4-2. 落とし穴:精度の限界・過信・ガバナンス

リスク側のポイント

  • 精度・一貫性は、まだプロの期待値には届かない部分がある(Henry ら)
  • ハルシネーション(もっともらしい誤情報)のリスク
  • AI出力を前提に考えてしまうことで、懐疑心が弱くなる可能性(自動化バイアス)
  • クライアントデータをクラウドに出しづらい、
    AI出力を監査証拠としてどう扱うかの基準が整っていない、などのガバナンス課題

つまり、

「AIを入れること」そのものより、
「どのタスクに、どの程度頼るか」を設計しないと危ない

というのが、現場寄りの検証から見える共通メッセージです。


5. 監査法人・事業会社が今すぐできること(導入チェックリスト)

最後に、ここまでの内容を踏まえて、
監査法人・税理士法人・事業会社の内部監査/経理部門などが今から取り組めるステップを整理します。

STEP1. 「AIに任せる作業」を絞り込む

まずは、間違っても致命傷になりにくいが、時間のかかるテキスト作業から始めます。

  • 文書要約(議事録・契約書・マニュアルなど)
  • 基準や FAQ のドラフト作成
  • 監査調書・内部監査報告書のたたき台

このあたりは、AIの強みが出やすく、リスクも比較的コントロールしやすい領域です。

STEP2. 評価の物差し(KPI)を決める

PoC(試し導入)の段階から、評価軸を明確にしておくことが大切です。

  • 所要時間(導入前後で何%短縮したか)
  • 必要な修正量(人間の赤入れの工数)
  • 誤りの種類(事実誤認/基準の誤適用/論理の飛躍 など)

「なんとなく便利」ではなく、
数字と具体的な気づきに分解して評価することで、次の意思決定に繋げやすくなります。

STEP3. 「AI出力レビュー」のルールを作る

AIが生成したものについては、必ず

  • 誰がレビューするのか(担当・役職)
  • どの観点でチェックするのか(事実/論理/表現)

を決めておきます。

また、重要な判断・リスク評価については、必ず人間が最終判断を下すことを明文化し、
内部統制や品質管理のルールに組み込んでおくと安心です。

STEP4. 教育・研修に「小さな実験」を組み込む

  • ChatGPT 等に「監査調書を書かせてみる」研修を実施
  • その出力の良い点・危ない点を、チームでディスカッション
  • 若手には「AIの使い方」だけでなく、「AIの間違い方」を体験してもらう

こうした小さな実験+学習サイクルを回すことで、
過信や懐疑心の低下といったリスクを抑えつつ、現場にノウハウを貯めていくことができます。


まとめ:AIは「監査人を強くする技術」になりうる

ここで紹介した例を一言でまとめると、次のような姿が見えてきます。

  • 資格試験レベルの知識・論点整理は、工夫次第で合格ラインを超えられる実力がある
  • 実務寄りのケースでも、それなりの回答は出せるが、プロの水準にはまだ届いていない
  • 内部監査の一部プロセスでは、50〜80%の時間短縮というインパクトも現れ始めている

その一方で、

  • 精度・一貫性の限界
  • ハルシネーション(誤情報)のリスク
  • 過信・自動化バイアス
  • データ保護やガバナンスの課題

といったポイントは、これから本格導入する上で避けて通れません。

AIは「監査人を置き換える技術」というよりも、

「AIをうまく使える監査人」と「そうでない監査人」の差を広げる技術

になりつつある、と言えます。

だからこそ、

  • どの業務に、どの程度 AI を組み込むのか
  • どのようにレビューし、ガバナンスを効かせるのか
  • どんなスキル・教育が必要なのか

を、今のうちから少しずつ整えていくことが重要になってきます。


参考文献(抜粋)

  • Eulerich, M., Sanatizadeh, A., Vakilzadeh, H., & Wood, D. A. (2024). Is it all hype? ChatGPT’s performance and disruptive potential in the accounting and auditing industries. Review of Accounting Studies, 29(3), 2318–2349. (IDEAS/RePEc)
  • Henry, T. F., Rosenthal, D. A., & Weitz, R. R. (2025). ChatGPT-4: Can It Handle Real-World Accounting Cases? Journal of Emerging Technologies in Accounting, 22(2), 97–108. (ResearchGate)
  • Emett, S. A., Eulerich, M., Lipinski, E., & Wood, D. A. (2025). Leveraging ChatGPT for Enhancing the Internal Audit Process—A Real-World Example from Uniper, a Large Multinational Company. Accounting Horizons, 39(2), 125–144. (publications.aaahq.org)
  • Toumeh, A. A. (2024). Assessing the Potential Integration of Large Language Models in Accounting Practices: Evidence from an Emerging Economy. Future Business Journal, 10(1), 68. (SpringerOpen)
  • Habbach, D., et al. (2025). The Influence of Generative AI on Auditors’ Comfort. Working Paper. (DIVA Portal)

\ 最新情報をチェック /

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です