【2025年版】監査自動化の全貌と「7つの実務ユースケース」〜ChatGPT・エージェント・プロセス監査。「次世代監査」の実装ガイド〜

2024〜2025年にかけて、監査の世界では
「この手続きはどこまでAIに任せられるのか?」
というテーマで、実際に手を動かして試す動きが一気に増えてきました。
その結果、
- うまくハマる領域
- どうしても人間が担うべき領域
が、かなり具体的に見えつつあります。
本記事では、
- RAG(検索拡張生成)
- ベクトル監査(Vector Audit:意味ベースの異常検知)
- 自律エージェント(Agentic AI)
- マルチモーダルAI(テキスト+音声+画像)
という「4つの技術」が、
監査のどの部分をどう自動化し得るのかを、
7つの具体的なユースケースと導入ステップとともに整理します。
- 監査自動化を支える「4つのコア技術」
まず前提となる技術を、できるだけシンプルに押さえておきます。
■ RAG(検索拡張生成)
ChatGPT のような LLM に対して、
自社ストレージ上の基準書・契約書・議事録などを検索してから答えさせる仕組みです。
ポイントは、
- 「どの文書のどの部分を根拠に答えているか」を示しやすい
- 「社内文書 × LLM」という組み合わせで、会社ごとの事情を反映できる
という点です。
■ ベクトル監査(Vector Audit)
仕訳や取引データを、そのまま数字としてではなく、
「意味の座標(ベクトル)」に変換して扱う考え方です。
- ふだんと文脈の違う取引
- 似たような取引が不自然に分割されているケース
などを、「違和感スコア」として検出しやすくなります。
■ 自律エージェント(Agentic AI)
LLM が自分で
- 計画する
- 行動する
- 結果を振り返る
というループを回し、
- フォルダ監視
- 社内システムへの問い合わせ
- Webでの情報収集
などを自動でこなす、「AIワーカー」のイメージです。
■ マルチモーダルAI
テキストだけでなく、
- 音声
- 画像
- 動画
も入力にできるタイプの AI です。
監査の文脈では、
- オンラインインタビューの録画
- 現場写真
- スキャンした資料
なども解析対象にできるようになります。
この4つをうまく組み合わせることで、
監査手続のどこまでを自動化できるかを見ていきます。
- RAGで「前提条件の整合性」を自動チェックする
【ユースケース1:減損テスト・事業計画の前提チェック】
テーマ:
減損テストやのれん評価で使う「将来の前提」は、本当に妥当か?
減損テスト・のれん評価では、
- 「年率5%成長」
- 「営業利益率○%維持」
といった前提が、どこまで現実的かが重要です。
通常は、
- 事業計画書
- 外部の市場レポート
を監査人が読み込み、整合性や乖離の大きさを確認します。
ここに RAG を組み込むイメージです。
(1)入力データを集める
- 事業計画書(PDF)
- 市場調査レポート(PDF)
などを、あらかじめ特定フォルダに集約
例:/audit/2025/clientA/valuation/
(2)検索用のインデックスを作る
- PDF を数百〜千文字単位に分割
- RAG 対応の検索エンジン(Elasticsearch+ベクトル検索、pgvector など)に登録
- 文書ごとに「クライアント名・年度・文書種別」などのメタデータを付与
(3)質問テンプレ(プロンプト)を共通化する
監査チーム共通で、例えば次のような質問を用意します。
「事業計画書に記載された売上成長率と、
市場レポートに記載された業界平均成長率を比較し、
乖離が大きい項目を列挙してください。
それぞれ、根拠となるページ・段落も示してください。」
(4)出力イメージ
- 項目名
- 事業計画の前提値
- 市場レポートの値
- 乖離の大きさ
- AIコメント(例:「やや楽観」「非常に楽観」など)
を表形式で返させます。
ここで重要なのは、
AI に「妥当性の最終判断」をさせないこと。
AI には「矛盾候補を洗い出すレーダー」を担当させ、
最後の判断は必ず人間の監査人が行う、という役割分担です。
調書には、
- AI が洗い出した項目
- 人間が再検証した内容
をセットで記録し、「AIを補助的に使った手続」として位置づけます。
- RAG+ゆるいグラフで関連当事者の候補をあぶり出す
【ユースケース2:関連当事者の網羅性確認】
テーマ:
関連当事者取引の「見落とし」をどう減らすか?
従来は、
- 経営者への質問書
- 商業登記の確認
- 役員会議事録の読み込み
など、人手の作業が中心で、どうしても漏れのリスクがあります。
ここに、RAG+シンプルな名寄せ・グラフ的な発想を組み合わせます。
(1)データを集める
- 役員・主要株主リスト(氏名・住所・会社名など)
- 取引先マスタ(名称・代表者名・住所)
- 役員会議事録(役員就任・退任、グループ再編)
- 商業登記情報(外部サービスから取得)
(2)シンプルな判定ルールを用意
例として:
- 「役員と同じ姓+同じ住所を持つ取引先代表者がいる」
- 「役員が他社の役員も兼ねており、その会社が取引先になっている」
- 「取締役会議事録に出てくる会社名と、取引先マスタの会社名が一致する」
など。
(3)AIへの指示例
「役員リストと取引先リストを照合し、
氏名・住所・会社名が部分一致する候補を全てリストアップしてください。
誤検知を避けるため、マッチスコア(0〜1)も付けてください。」
「役員Aさんの親族である可能性がある取引先を挙げ、
それぞれの根拠(氏名の類似・住所の近さ・企業名の類似など)を説明してください。」
(4)監査人の役割
- AI が出した「候補リスト」を確認
- 実際に関連当事者に該当するかを、人間が判断
つまり、
「候補抽出はAI、最終ラベル付けは人間」
という分担にすることで、網羅性を上げつつ、過剰検知も抑えていきます。
- ベクトル監査で「分割発注」の違和感を掴む
【ユースケース3:Structuring(閾値回避)の検知】
テーマ:
承認ルールを回避する“小細工”をどう見つけるか?
よくある例として、
- 「30万円以上は部長承認」というルールがある
- それを避けるために、29万円×2回の発注に分けている
といったパターンがあります。
ベクトル監査では、次のような流れで違和感を掴みます。
(1)特徴量を作る
- 金額
- 日付・時刻
- 相手先コード
- 摘要テキスト(埋め込みモデルでベクトル化)
- 入力担当者・承認者 など
(2)「ふだんのパターン」を学習
- 過去1〜2年分の発注・支払データから
「通常パターン」を機械学習モデル(オートエンコーダなど)に覚えさせる
(3)当期データの異常スコアを算出
- 「同じ相手先+近い日付+似た摘要」の取引群を探す
- 合算金額が承認閾値を超えるものを抽出
(4)レポートイメージ
「同一取引先への支払のうち、
3日以内に複数回行われ、合計金額が承認閾値を超えている取引を抽出しました。
以下のリストは異常スコア上位20件です。」
監査チームは、このリストをもとに、
- 統制の運用状況
- 意図的なルール逸脱の有無
を重点的に確認します。
調書には、
「AIによるStructuring検知リストを利用し、上位20件をトレーステスト」
といった形で記録します。
- ベクトル+言語パターンで「期末の怪しい振替仕訳」を見る
【ユースケース4:Journal Entry Override の検知】
テーマ:
期末の利益操作的な振替仕訳をどう洗い出すか?
特に、
- 期末日前後に突然現れる手入力仕訳
- ふだんは自動計上の科目(売上高・売掛金など)への手動入力
は注意すべきポイントです。
(1)仕訳データに「入力種別」を付ける
- 自動計上か手入力か
- 可能であれば、入力端末やIPアドレスも記録
(2)摘要の「文体」を把握
- 担当者ごとに、よく使う言い回しを自然言語処理で分析
- 期末5日間の摘要と、通常時の摘要を比較し、
文体が大きく異なる仕訳を検知
(3)抽出ロジックの例
- 期末5日間
- 手入力仕訳
- 通常は自動計上される勘定科目
をフィルタリングし、さらに異常スコア上位のものを抽出。
(4)監査側の使い方
- 「異常スコア上位 × 重要勘定」の組合せに注目
- 証憑・背景を確認し、意図的な操作かどうかを検証
ここでも、
「AIでサーチライトを当てて、人間が掘る」
という役割分担が基本になります。
- エージェントで「後発事象のレビュー」を半自動化
【ユースケース5:後発事象(Subsequent Events)のモニタリング】
テーマ:
議事録・稟議書を“全部読む”負荷をどう減らすか?
従来:
期末から監査報告書日までの数か月分の
- 取締役会議事録
- 稟議書・報告書
を人間が読んで、
- 修正後発事象
- 開示後発事象
に該当するものがないか確認してきました。
これをエージェントで補助するイメージです。
(1)監視対象フォルダを決める
例:
/governance/board_minutes/2025Q4//legal/litigation/など
(2)エージェントのタスクを定義
- 毎日深夜に新規PDFをチェック
- テキスト抽出し、「要注意ワード」を検索
(火災・災害・操業停止/訴訟・調停/大口顧客の倒産/M&A・事業譲渡 など)
(3)AIへの指示例
「抽出した文章が、財務諸表の修正または開示を要する後発事象に該当する
“可能性があるか”をコメントしてください。
判断は保留で構いませんので、候補だけ挙げてください。」
(4)監査人のアクション
- AIがフラグを立てた議事録だけを重点的に精査
- 調書には
- エージェントによるスクリーニングを実施したこと
- 人手で再確認した案件
を記録します。
- プロセス・マイニング+LLMで内部統制の“実態”を可視化
【ユースケース6:J-SOX/内部統制のウォークスルー支援】
テーマ:
規程と現実の業務フローのズレをどう把握するか?
現実には、
- マニュアル上のフロー
- システム上で実際に行われているフロー
が違っていることが多々あります。
ここで使えるのが、プロセス・マイニング+LLMです。
(1)イベントログを取得
販売管理や ERP から、
- 受注
- 出荷
- 請求
- 入金
といったイベントログ(誰が・いつ・何をしたか)を出力します。
(2)プロセス・マイニングツールで可視化
- ログから「実際の業務フロー」を自動生成
- ボトルネックや例外パスを可視化
(3)LLMの役割
- 生成されたフロー図を自然言語で説明させる
- 例:「この会社の標準的な販売プロセスを説明してください」
- 「マニュアル記載のフロー」との差分を説明させる
- 例:「承認ステップをスキップしているパターンを列挙してください」
(4)監査での使い方
- 規程逸脱のパターン(承認省略・職務分掌の崩れ など)を AI に候補として出してもらう
- その中から、監査人がウォークスルー対象を選定
- マルチモーダルAIでインタビュー・現場確認を補完
【ユースケース7:オンラインインタビュー・現場のテキスト化・要約】
テーマ:
インタビューや現場確認の「記録と再利用」をどう高めるか?
いきなり表情解析や嘘検知まで踏み込むのは、
法令・倫理面で慎重さが必要ですが、
「テキスト化+要約+論点抽出」だけでも十分な価値があります。
(1)オンラインインタビューの標準化
- Zoom / Teams などの録画を必ず保存
- 音声を自動でテキスト化(文字起こし)
(2)AIへの指示例
「このインタビューの内容から、
監査上重要なリスク(収益認識・在庫評価・偶発債務 など)に関する発言だけを抜き出して要約してください。」
「経営者の将来見通しに関するコメントと、
実際の業績・市場レポートを比較したとき、
乖離している点があれば列挙してください。」
(3)将来のマルチモーダル活用への布石
現段階では、
- テキスト+音声トーン の範囲にとどめる
将来、法規制や社内ポリシーが整えば、
- 表情の変化
- 現場の静止画・動画
なども合わせて見ていく、といった発展も考えられます。
- 導入ロードマップ:3フェーズで考える
いきなり「フル自動監査」を目指すのは現実的ではありません。
さまざまな実務事例や専門家の議論を踏まえると、
次の3フェーズで考えるのが現実的です。
■ Phase 1:アシスタント期(RAG中心)
対象タスク
- 基準書・規程の検索
- 議事録・契約書の要約
- 減損前提と市場データの整合性チェック(候補出し)
目的
- 業務効率化
- 「AIに根拠ページを出させる」RAG運用の定着
■ Phase 2:コ・パイロット期(Vector+RAG)
対象タスク
- 仕訳データ全件分析
- Structuring・期末振替などの異常スコアリング
目的
- 発見能力(ディテクション能力)の向上
- 「AIが挙げた候補の中から、人間が重点調査する」ワークフローの確立
■ Phase 3:エージェント期(Agentic+Process Mining)
対象タスク
- 後発事象モニタリング
- 簡易な突合・確認状管理
- プロセス逸脱の定期監視
目的
- ルーチン監査手続の半自動実行
- 監査人がリスク評価・対話・ガバナンスに割ける時間を増やす
- ガバナンス・倫理:AI活用の「品質管理」をどうするか
AIを入れれば入れるほど、
「誰が、どこまで責任を持つのか」
を明確にすることが重要になります。
最低限、次の4点は社内ポリシーとして整理しておくのがおすすめです。
1)透明性(トレーサビリティ)
- どの案件で、どのAIツール・モデル・プロンプトを使ったか
- 出力結果をどこまでそのまま採用したか
を記録する。
2)バイアス・誤りの定期レビュー
- AIが出した「怪しい仕訳」「怪しい企業リスト」に偏りがないか
- サンプリングして人間が精査し、問題があればモデルやプロンプトを修正
3)Human-in-the-loop のラインを明確にする
- どこまではAIに任せて良いのか
- どこからは必ず人間のレビュー・承認が必要なのか
を文書で定めておく。
4)AIそのものに対する“内部監査”
利用しているモデルやアルゴリズムについても、
- 性能検証
- バイアスの点検
- ログの保存・検証
を行う「AI内部監査」をどうするか、検討が必要になってきます。
- まとめ:AIは「監査人を増やす」のではなく「監査人を強くする」
2025年時点で見えている現実をまとめると、AIは
- RAG:基準・契約・外部レポートとの整合性チェック
- ベクトル解析:Structuring・期末振替など「文脈的におかしい取引」の検知
- エージェント:後発事象レビューや突合業務の半自動実行
- マルチモーダル:インタビューや現場確認の補完
といった形で、監査のかなり深い部分に入り込んできています。
一方で、
- 説明責任
- 会計基準・法令の解釈
- 不正の“匂い”や組織文化の理解
といった領域は、引き続き人間の監査人の役割です。
AIは監査人を置き換える技術ではなく、
監査人を「強くする」技術
になりつつあります。
この前提に立つと、重要になるのは、
- どの手続からAIを入れるか
- どこまでAIに任せるか
- その上で、監査人がどこに集中するか
という設計の部分です。
ここを丁寧にデザインできる組織が、
次世代の監査・内部統制の現場で、一歩先を行くことになるはずです。
作成日:2025年 11月 19日
最終更新日:2025年 11月 19日

