クライアント企業がAIを導入すると監査はどう変わるか?── 中国25,000社データが示す「5つの効果」

「AIを入れたら監査は厳しくなるのか、それともラクになるのか?」
CFO・経営者・経理・内部監査の立場からすると、かなり気になるポイントではないでしょうか。
実はこれについて、
中国企業 約2.5万社分のデータを使って、
「クライアント企業が自社業務にAIを導入すると、
財務諸表監査の品質やコストは実際どう変わるのか?」
を統計的に検証した大規模な分析があります(Tan ら, 2025)。
この記事ではその内容を、
- クライアント側AI導入の 5つの効果
- なぜそうなるのか(メカニズム)
- 日本企業・一般事業者にとっての 実務的なヒント
という流れで、できるだけ平易な言葉で整理してみます。
1. この分析は何をしているのか(ざっくり概要)
対象となっているのは、
- 中国の上場企業を中心とした
25,408 件分の「企業×年度」データ
です。
このデータを使って、
- 「AIを自社業務に導入している企業」と「そうでない企業」を区分
- 次のような指標を比較
- 監査品質(財務諸表がどれだけ信頼できる状態か)
- 監査報酬(いくら払っているか)
- 監査ラグ(決算期末〜監査報告書日までの日数)
さらに、次のような「会社・監査人の特徴」によって、
影響がどう変わるかも見ています。
- 内部統制が強いかどうか
- 情報開示の透明性
- 監査人のITスキル
- 監査人とクライアントの地理的距離
- コーポレートガバナンスの良さ
- ハイテク産業かどうか
結論を一言でまとめると、
クライアント側のAI導入は、平均すると
- 監査品質を高め
- 監査ラグ(スピード)を短縮し
- 監査報酬を下げる(もしくは上昇を抑える)
方向に働いている
と報告されています。
2. クライアントAI導入の「5つの効果」
ビジネス目線で整理すると、
クライアント企業がAIを導入する効果は、次の5つにまとめられます。
効果1:監査品質が高まる
AIを開発・活用している企業ほど、
- 財務諸表の信頼性が高い
- 監査人のチェックに耐えやすい
という傾向が確認されています。
具体的には、
- 財務諸表の修正(restatement)の発生率が低い
- 裁量的な利益操作(裁量的発生額)が小さい
といった指標で、「数字の作り込み」が少ないほうに寄っている、という解釈です。
効果2:内部統制が強くなる
著者らは、この「監査品質の向上」が
- 内部統制の整備・強化
- 企業としての透明性の向上
を通じて起きていると分析しています。
イメージとしては、
- 仕訳が自動化され、承認プロセスがシステム上で一貫管理される
- アクセス権限やログ管理がきちんとしてくる
- 部署ごとのデータが統合され、説明可能な形で残る
結果として、「監査しやすい会社」になっていく、という流れです。
効果3:情報開示の透明性が高まる
AIを導入している企業ほど、経営陣が
- データに基づいた説明
- 非財務情報も含めた、より具体的な情報開示
に前向きになる傾向があるとされています。
監査人側から見ると、
- 経営判断の背景にあるデータ
- 投資・AIプロジェクトの内容
が見えやすくなり、リスク評価がしやすい=監査の質を上げやすい、という構図です。
効果4:監査報告までのスピードが上がる(監査ラグの短縮)
AIを導入しているクライアントでは、
- 決算資料の整備
- 補足資料の準備
- 必要データの抽出・提供
がスムーズになるため、
監査人が本格的な作業に着手できるまでのリードタイム が短くなります。
実際にこの分析でも、
- 決算期末から監査報告書日までの日数(監査ラグ)が有意に短い
という結果が出ています。
効果5:監査報酬が下がる(または上昇を抑えられる)
さらに、AI導入企業は、
- 監査報酬も相対的に低くなる傾向
が確認されています。
理由はシンプルで、
- データ提供が早くて整理されている
- 内部統制が整備されていて、監査リスクが低い
- 追加の検証やフォローアップが少なくて済む
結果として、「監査に必要な工数が下がる」ためです。
3. どんな企業で効果が出やすいのか?4つの「ブースター」
Tan らは、
「どんな条件のときに、このプラス効果がより強く出るのか?」
もあわせて分析しています。
効果を“増幅”させる要因として挙げられているのが、次の4つです。
ブースター1:監査人のITスキルが高い
- 監査チーム側がデータ分析やAIに明るいほど、
クライアント側AIのメリットを 監査品質に変換する力 が高い。
ブースター2:監査人とクライアントの距離が近い
- 物理的な距離が近いほど、
- コミュニケーションが取りやすい
- システムへの理解・現場の理解が深まりやすい
- その結果、AI導入の効果をうまく引き出しやすい。
ブースター3:クライアントのガバナンスが良い
- 取締役会・監査役会が機能している
- 情報開示方針が明確
といった、もともとのガバナンスが良い会社ほど、
「AIをガバナンス強化の道具として活かしている」 傾向がある。
ブースター4:ハイテク産業である
- もともとデジタル化が進んでいる業界ほど、
AI導入と監査品質向上のリンクが強く出ている。
裏を返すと、
「AIだけ入れれば勝手に監査品質が上がる」わけではない。
監査側のIT理解・ガバナンス・コミュニケーションが揃って初めて効いてくる
ということでもあります。
4. なぜクライアントAIが監査品質を上げるのか?
この分析では主に「内部統制」と「透明性」を通じて効果が出るとされていますが、
ビジネスイメージとして整理すると、次のような流れになります。
(1) 業務プロセスが標準化・自動化される
AIやデータ基盤を本気で導入しようとすると、
- マスタデータの整備
- ワークフローの統一
- ログ・権限管理の仕組みづくり
が避けて通れません。
これはそのまま 内部統制の整備・強化 に直結します。
(2) データ品質が上がる
- システム間連携や自動入力が増えることで、
手入力ミスや転記ミスが減る - AIの性能維持のために、データクレンジングが継続的に行われる
結果として、監査人が扱う元データ自体がクリーンになる、という効果があります。
(3) 説明可能な記録が残る
AIのチューニングや運用には、
- モデルのバージョン
- 使用したデータの範囲
- 主要なパラメータ
などを記録する文化が必要になります。
この延長で、
- 見積りの前提
- 経営判断の根拠
もきちんと文書化して残すようになり、
監査人から見て 「説明を受けやすい組織」 になっていきます。
(4) 経営・監査人との対話がデータベース化される
- KPIダッシュボードやAIのモニタリングレポートを前提に、
経営と監査人がリスクや見積りについて議論する - そのログが蓄積されることで、リスクの早期発見・早期対応 がしやすくなる
結果として、
AI導入 → 業務・データ基盤の整備 → 統制と説明責任の強化 → 監査品質向上
という筋道が描ける、というのがこの分析のメッセージです。
5. 日本企業・一般事業者にとってのヒント
対象は中国企業ですが、
別の分析でも、
「クライアントと監査法人の双方がAIを活用すると、
監査品質が高まり、監査ラグも短くなる」
という結果が報告されており、
グローバルに見ても同じ方向性が見えてきています。
ここから、日本企業へのヒントを3つに絞ってみます。
示唆1:AI投資は「業務効率」+「監査品質」の両狙いで
RPAやチャットボットのような、表面の効率化だけでなく、
- 承認ワークフロー
- 仕訳の自動起票
- リスクスコアリング
など、内部統制・リスク管理に効くAIプロジェクト を優先すると、
- 監査リスクの低減
- 監査報酬の抑制
といった副次的メリットも得られる可能性があります。
示唆2:監査法人側の「AIリテラシー」も選定条件に
この分析を踏まえると、
AIに理解のある監査チーム を選んだ方が、
クライアント側のAI投資の価値を引き出しやすい
と言えます。
監査人選定やローテーションの際には、
- データ分析チームの有無
- AI・デジタル監査ツールの活用度
などを評価軸に含める価値があります。
示唆3:ガバナンス・ディスクロージャーとセットで設計する
AI導入は、
- 取締役会・監査役会でのAIガバナンス方針
- AIの利用範囲・責任者・レビュー体制
- AI活用状況の対外説明(統合報告書など)
といったガバナンス・情報開示のアップデートとセットで考えると効果的です。
こうした枠組みが整っている企業ほど、
「監査品質+監査効率」のダブルのメリット
を享受しやすくなります。
6. まず何から始めるか?「監査に効くAI導入」3ステップ
最後に、この分析から見える実務ロードマップのたたき台です。
ステップ1:監査で揉めやすい領域を特定する
まずは、過去数年の監査を振り返り、
- 減損・のれん評価
- 収益認識(複雑な契約)
- 在庫評価
- 関連当事者取引
など、「毎年時間がかかる」「修正が多い」領域を洗い出します。
ステップ2:その領域に直結するAIユースケースを選ぶ
例えば:
- 減損・のれん
→ 外部市場データと事業計画の前提を自動突合する RAG - 在庫
→ 在庫回転・滞留在庫を自動モニタリングする異常検知 - 関連当事者
→ 登記情報と取引先マスタを照合し、怪しい関係をアラートする仕組み
というように、「監査で揉めやすい論点」から逆算してAIの使い道を決めるのがポイントです。
ステップ3:監査人と一緒に「ログと説明」の設計をする
AIを導入する際には、
- AIがどのデータを見て
- どのルールで判断し
- どんな結果を出したのか
を説明できるように、あらかじめ
- ログの取り方
- モデルのバージョン管理
- 例外処理のルール
を監査法人と相談しながら決めておきます。
こうしておくと、監査の場面で
「AI任せでブラックボックス」
ではなく
「AIを組み込んだ内部統制」として評価されやすくなります。
7. まとめ:クライアント側AIは「監査に効く投資」になり得る
Tan らの分析から読み取れるメッセージを一言でまとめると、
「クライアント企業が賢くAIを導入すると、
自社の業務効率が上がるだけでなく、
監査品質も上がり、監査報酬・監査ラグも下がる可能性がある」
ということです。
もちろん、
- 国・制度(この分析は中国市場)
- 産業構造
- 企業規模
によって効果の出方は変わります。
それでも、
「AI投資=コスト削減や“カッコよさ”のためだけではなく、
監査・ガバナンスも含めた企業インフラの高度化につながる」
という視点は、日本企業にとっても非常に重要なヒントになるはずです。
参考文献
- Tan, J., Chang, S., Zheng, Y., & Chan, K. C. (2025). Effects of artificial intelligence in the modern business: Client artificial intelligence application and audit quality. International Review of Financial Analysis, 104271.(IDEAS/RePEc)
- Rahman, M. J., Zhu, H., & Yue, L. (2024). Does the adoption of artificial intelligence by audit firms and their clients affect audit quality and efficiency? Evidence from China. Managerial Auditing Journal, 39(6), 668–699.(IDEAS/RePEc)


