AI×会計・税務の現在地とこれから── LLM時代の「5つの論点」と「3つの未来シナリオ」

ChatGPT をはじめとする生成AIや大規模言語モデル(LLM)は、
すでに会計・税務・監査の現場、そして教育のあり方を静かに変え始めています。
一方で、
- 「本当に使っていいのか?」
- 「どこまで任せていいのか?」
- 「間違ったときの責任は誰が負うのか?」
といった不安や戸惑いも強く、世界的に見ても「ガッツリ本格導入」というよりは、
小さく試しながら様子見という段階が続いています。
この記事では、海外の論文や調査結果をベースにしながら、
- 会計・税務 × AI の「今見えている課題」
- 今後 10 年を見据えた方向性・未来像
- 会計士・税理士・一般事業者が「今から何をするか」
を、ビジネスパーソンの目線で整理してみます。
1. 今どこまで来ているのか?AI×会計・税務の「現在地」
1-1. 海外の動きから見える「3つの流れ」
ChatGPT と会計をテーマにした海外論文を整理した分析によると、
会計・ファイナンス分野での AI 活用は、おおまかに次の 3 つに分かれます。
① 実務ツールとしての活用
- 仕訳分類
- 財務分析・異常値検出
- 税務 Q&A(よくある質問への回答案)
- ノート・脚注・説明文のドラフト作成
など、「会計・税務の作業そのもの」を AI に手伝わせる流れです。
② 調査・分析の道具としての活用
- テキストデータの分類・要約
- シナリオの自動生成
- データ整理・前処理の自動化
など、会計や経営に関する調査・分析の裏方として AI を使う流れです。
③ 職業・組織そのものへの影響を考える流れ
- 会計士・税理士の役割やスキルセットはどう変わるのか
- 倫理・ガバナンス・責任の取り方をどう設計するか
- 「AI前提の会計プロフェッション像」をどう描くか
といったテーマが、海外の専門誌でかなり議論されています。
ある論文では、LLM を
「会計教育・調査・実務を横断的に変える“汎用技術”」
と位置づけ、
「AI+人間の協働を前提にした、新しい会計専門職の姿」
を構想しています。
1-2. 実務の利用はまだ「初期」だが、関心は非常に高い
米国の会計実務家 100 名超に対するアンケート調査では、
大まかに次のような傾向が出ています。
● 直接的な業務利用はまだ少ない
- 毎日ガンガン使っている、という人は少数
- 特に「クライアントデータを含む場面」は慎重
● しかし、ポテンシャルへの期待はかなり高い
- メモ作成・初期ドラフト・簡単な調べ物など
「ルーティン作業はかなり任せられるようになる」と見る人が多数
● 最大の懸念は「機密性」と「信頼性」
- データ漏洩のリスク
- ハルシネーション(それっぽいけど間違った回答)
- 誤った判断をしたときの責任の所在
が、共通の不安材料として挙がっています。
まとめると、今は
「興味はあるし、価値も感じるが、本気導入には慎重」
という過渡期だといえます。
2. AI×会計・税務の「5つの論点」
世界各地の動きを眺めると、
だいたい共通して議論されている論点は次の 5 つです。
論点1:信頼性・正確性 ― 「そこそこ解ける」が「ムラがある」
ChatGPT に会計・監査・税務に近い問題を解かせると、
- 単純な概念問題や説明
→ かなり良い水準で答えられる - 複数ステップの計算+条文解釈が必要な問題
→ 一貫性を欠く、単純ミスが出る、というケースも多い
という結果が多く報告されています。
別の整理でも、
「LLM は“準合格レベル”の実力はあるが、安定性に課題」
という見方が主流です。
✔ 結論イメージ
- ノーチェックで丸投げするのは危険
- 「下書き」「初稿」「アイデア出し」として使うのが現実的
論点2:データ機密性・プライバシー・責任
会計実務家を対象にしたアンケートでは、
最も多かったコメントが次のような内容です。
- 「どこまで機密情報を AI に渡してよいのか分からない」
- 「クラウド上に財務データを置くことへの不安が大きい」
新興国ヨルダンの会計実務家へのインタビューでも、
- クラウドへの不信感
- 個人情報・財務情報の漏洩リスク
- AI ツール提供企業の透明性不足
が、導入の大きな壁として挙がっています。
✔ 実務的に必要になるもの
- 社内クローズド環境(オンプレミス/専用テナント)の LLM
- ログ管理・アクセス権限・データマスキング
- 「どのデータは外に出さないか」という線引き
など、インフラとガバナンスの設計が必須になってきています。
論点3:専門職の役割・スキルの再定義
海外の論文では、
「AI時代の会計専門職をどう育てるか?」
が大きなテーマとして扱われています。
ざっくり整理すると、
AI が得意なこと
- 情報の要約・分類・翻訳
- 典型パターンに当てはまる仕訳・レポートの生成
- テキストのドラフト作成
人間が担うべきこと
- どのデータ・どのモデルを使うかの選択
- 重要性基準(materiality)や判断基準の設計
- クライアントとの対話・説明責任
- 不正やガバナンス問題の「違和感」を捉えること
✔ これからの会計人材に求められるシフト
- 「入力と作業」中心 → 「設計と判断・コミュニケーション」中心
ここをどうアップデートしていくかが、
会計士・税理士・経理財務のキャリア設計の大テーマになりつつあります。
論点4:地域・企業規模による「AI格差」
ヨルダンの会計士・税理士 13 名へのインタビューでは、
- 「AI は必要になる」という認識は共有されている
- しかし、
- ネット・PC環境
- 英語力・ITリテラシー
- 法規制やガイドラインの未整備
銀行などの調査でも、
- AI 導入は財務データの効率性・品質向上につながる
- ただし、「組織の準備度」と「人材」がボトルネックになる
と報告されています。
✔ 日本でも起こり得ること
- 大手・デジタルに強い企業や事務所
- 地方・中小企業・個人事務所
の間で、「AI を活用して業務を変えられるかどうか」の格差が確実に出てきます。
論点5:倫理・ガバナンス・規制
多国籍企業の会計業務に AI を入れる際のフレームとして、
- 公平性(Bias)
- 説明可能性(Explainability)
- 透明性(Transparency)
- 責任の所在(Accountability)
といったキーワードがよく出てきます。
✔ ポイント
会計・税務に AI を使うということは、
「新しい IT ツールを入れる」という話ではなく
「AI 利用ポリシーとガバナンスをどう設計するか」という話
でもあります。
- どの場面で AI を使ってよいか
- 誰が最終責任を持つのか
- 説明できる形でプロセスを残せているか
といったルールづくりが重要になります。
3. どこに向かっているのか?3つの未来シナリオ
上の論点を踏まえて、海外の議論を「実務の言葉」に置き換えると、
大きく次の 3 つの未来像に集約できます。
シナリオ1:ルーティン処理の自動化 → 判断業務への集中
多くの専門家・実務家の意見で共通しているのは、
「ルーティン業務はかなり自動化され、
人間は判断とコミュニケーションに集中する」
という方向性です。
自動化されやすい業務の例
- 経費・領収書の分類(仕訳候補の自動提案)
- よくある税務 Q&A への回答案作成
- 会計基準・税法の要約
- 決算短信・有価証券報告書などのドラフトの骨子作成
人間の重要性がむしろ増す業務
- 難解な取引の会計処理方針決定
- 税務リスクを踏まえたスキーム設計
- 経営者・金融機関・投資家との対話
- 不正リスクやガバナンス問題の扱い
シナリオ2:リアルタイムに近い「連続会計・連続税務」
AI とデジタル化が進むと、
決算・申告のイメージも変わると言われています。
これまで
- 年に一度「どさっと締めるイベント」
これから想定される姿
- 経費・売上・在庫・契約のデータがほぼリアルタイムで統合
- AI が通期で異常値や税務リスクをモニタリング
- 月次の時点で「ほぼ確定値に近い数字」が見える世界
税務でも、
- 控除や中小企業向け特例、グループ通算の条件を AI が常時チェック
- 期中から税額見込みを提示 → 資金繰り・投資計画に反映しやすくなる
という方向性が各所で語られています。
シナリオ3:AIと人間が「役割分担されたチーム」として動く
海外の枠組みでは、
「AI をブラックボックスな代替者として見るか、
透明な“共同作業者”として扱うか」
という軸がよく出てきます。
実務に落とすと、
AI の役割
- 候補案の提示
- パターンの発見
- データの整理・要約
人間の役割
- 何を AI に任せ、何を任せないかを決める
- AI の出力を吟味・検証する
- クライアントや社内に説明し、意思決定を支える
という「分業の設計」が肝になります。
4. 会計士・税理士・事業者は何から始めるべきか?
ここまでの話を、実務の第一歩に落とすと
次の 3 ステップが現実的です。
ステップ1:AIを「勉強ツール」と「ドラフト生成」にまず使ってみる
まずは本番データを含まない領域から始めるのが安全です。
- 会計基準・税法・通達・Q&A の要約
- 英文基準・海外税制の日本語要約
- メール・説明資料・社内メモのドラフト作成
などで、「とりあえず書かせてみて、最後は自分で直す」
という使い方に慣れていくのが良いスタートラインです。
ステップ2:社内ルール・チェック体制をセットで決める
最低限、次のようなポイントは決めておきたいところです。
- どのデータは AI に入れてよいか(匿名化・加工の方針)
- どの業務は AI の提案を必ず人間がレビューするか
- AI の出力内容をどこまで調書・記録に残すか
これらを明文化しておくことで、
「なんとなく怖いから使わない/なんとなく使っている」
という状態から一歩抜け出せます。
ステップ3:自社・自事務所の「強み」と AI の役割分担を考える
- 中小企業向けの税務顧問
- M&A・組織再編・国際税務
- 管理会計・経営管理支援
など、自社・自事務所の「強み」をあらためて言語化したうえで、
- その手前のルーティン部分は AI や RPA に寄せていく
(資料整理・一次分析・ドラフトなど)
という方向でロードマップを描くと、
「AI に仕事を奪われる」
ではなく
「AI を使って仕事の質と単価を上げる」
という発想に自然と切り替わっていきます。
5. まとめ:AIは「会計・税務の終わり」ではなく「再設計のきっかけ」
ここまで見てきた海外の動きを一言でまとめると、
AIは、会計・税務の仕事を“終わらせる技術”ではなく、
仕事の中身と価値を“再設計させる技術”である。
ということだと思います。
- ルーティンは自動化される
- しかし、判断・説明・ガバナンス・倫理はむしろ重くなる
- その再設計を主導できる専門家が、次世代の「強い会計・税務プロフェッショナル」になる
AI の波は、いずれ確実に会計・税務・監査の世界にも本格的にやってきます。
そのときに、
- 「よく分からないから避け続ける」のか
- 「うまく付き合う前提で、自分たちの強みを組み直す」のか
どちらのスタンスを取るかで、
5年後・10年後の立ち位置は大きく変わってくるはずです。
この記事が、「自社・自事務所はこの波をどう乗りこなすか?」を考えるきっかけになれば幸いです。
参考文献(抜粋)
- Vasarhelyi, M. A., et al. (2023). Large Language Models: An Emerging Technology in Accounting. Journal of Emerging Technologies in Accounting.
→ LLMが会計教育・研究・実務に与える影響を俯瞰した総説。(publications.aaahq.org) - Stratopoulos, T. C., & Wang, V. X. (2025). Artificial Intelligence and Accounting Research: A Framework and Agenda. SSRN / International Journal of Accounting Information Systems.
→ AI×会計研究を分類するフレームワークと、博士教育を含む研究アジェンダを提示。(SSRN) - Dong, M. M., Stratopoulos, T. C., & Wang, V. X. (2024). A Scoping Review of ChatGPT Research in Accounting and Finance. International Journal of Accounting Information Systems.
→ ChatGPT関連論文を整理し、「応用」「研究ツール」「職業影響」の3テーマに分類。(サイエンスダイレクト) - Ross, M., & Zhang, J. (2024). ChatGPT is Ready for the Profession—But is the Profession Ready for ChatGPT? Accounting Horizons.
→ 会計実務家136名の調査から、利用状況・期待・懸念(機密性・信頼性など)を分析。(publications.aaahq.org) - Toumeh, A. A. (2024). Assessing the potential integration of large language models in accounting practices: evidence from an emerging economy. Future Business Journal.
→ ヨルダンの会計実務家へのインタビューから、新興国におけるLLM導入の可能性と障壁(インフラ・人材・規制)を整理。(SpringerOpen) - Eulerich, M., et al. (2023). Is it all hype? ChatGPT’s performance and disruptive potential in the accounting and auditing industries. SSRN.
→ ChatGPTの会計・監査問題に対する回答性能と、Big4によるLLM投資などの動向をまとめた実証研究。(Hive AI) - Ahmad, A. (2024). Ethical implications of artificial intelligence in accounting: A framework for responsible AI adoption in multinational corporations in Jordan. International Journal of Data and Network Science.
→ 会計業務にAIを導入する際の倫理・ガバナンスフレームワークを提示。(グローイングサイエンス)


